忘れじの人。

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    「ロマンチックな男の人程素敵な男はいないや」


    なんてぼんやりと考えながら、やっぱり1番ウチが愛してる人はギターを掻き鳴らす黒ずくめよりも、ロマンチックなこの人やと解った2006年の10月11日。

    何でそんな事を考えてたんだかって思ったら、10月11日だったからなんやね。

    耳元でマラカスの音やまない筈だわ。


    もう終わりへ向かう道の始まりを歩いてるのは、前の年にいたチキンジョージで解っちゃってたから。
    そんな色のない道が見えたから。
    あぁ、やっぱりそうやったんやね、と思ったその翌年の夏の終わり。

    哀しい事なんてないって思ったのに。

    「ハロー、よく来たね」って言葉に、「当たり前やんっ!」って笑ったのに。


    「バイバイ、ジェニー!バイバイ、ダニー!バイバイ、ビリー!」


    って呼び掛ける様に見えない空に叫んだから。

    あぁ、彼等とも会えなくなるんだ。
    バイバイするのは、ここにいる4人達だけじゃないんだって。
    そこで気付いて。
    大好きだったのはスーツ姿の4人だけじゃなくて、ジェニーやダニーやビリーや、勿論、赤毛のケリーだって大好きだった訳で。
    幕張が終わったら、みんな何処へ行く?
    世界の終わりが終わったら、何処に行く???


    そして待ち焦がれた『世界の終わり』に、「この瞬間を見たかったんだよ」って。


    ギターの音が重なり合う瞬間がとっても好きで好きで好きで。


    本当にこの瞬間を見る為に、幕張へ向かったんだと思う。


    1弦切れたギターの音が終わらない中、1人消えて行って。
    何も言えないまま、その姿をどうにか確認して。


    丁度今この時間は、幕張エレジーに降られながら乗った電車が東京駅に着いて、ふらふらと新橋まで歩いていた頃。
    翌朝、髑髏マークとツアーロゴ入りのリストバンドをはめたまま、神戸に戻って仕事して。
    外したのは、その日の夜。


    あれからこうやって3年経って、どうやってる?


    見上げた空が馬鹿みたいに青く高い癖に何故か細い雨が降る日には、「シャボンに くるまれたいね」ってリリィを思い出すし。
    気持ち良い風が吹く夏の坂道を歩けば、ダニーを思い出す。
    反対に夏の暑さにだれる日には、垂れ落ちるアイスクリームを思い浮かべながら、キラー・ビーチを歩く。うっかり山盛りの灰皿をひっくり返した日には、スモーキン・ビリー。右利きの癖に、ヤニ黒焦がすのは夜の左手。
    もうどうしようもねぇや、って時には笑うしかないし。
    真夜中のパーキングエリアに立てば、マリアと犬の夜だと思うし。
    傘も差さずに向かい風と斜めの雨の嵐の中を進めば、ジェニーを探す。
    治る気配のない病気には、治しておくれとドクターを呼ぶ。
    切符を握り締めて、「何処か違う街で降りよう」と思うのは400円の1人旅。
    大好きな人がいない手探りに疲れた1人の朝には、「どうせなら」とスーサイド・モーニング。
    じりじりと項垂れる夜が明けてにじむピンクが見える頃にはドロップが聴こえるし、足を引き繰りながら歩く夜に「切らなくちゃ」と上目遣いに伸びた前髪を見ればブギーが聴こえる。
    ゴールデンウィークにはG.W.D。


    何て事ない。
    今だってそこら辺に転がってる言葉と音楽達。
    ジェニーやダニーやビリーだって、いつもそこに。
    じりじりとふらふらと歩いていれば、ふとした拍子に出会う。
    変わらず、今だって。
    世界の終わりは終わる事がないから好きだったんだけど、今も終わらず鳴っている。
    別にパンを焼いたり紅茶を飲んで待ってる訳でもなく。
    緑のビールは呑むけれど。


    初めて彼等に出会ったのは中学生の時で。
    最初は大嫌いやった癖に、今ではこんな感じ。
    18歳になった時に、「例えば草原の羊の昼寝」って言うなめらかな話を聴いた時から変わって。
    『ランドリー』や『カーテン』、『深く潜れ』は、18歳の時の自分の言葉が歌になってる。
    そっから突っ走ったあっと言う間の3年間。
    そのあっと言う間の3年間から、また3年経ちまして。
    来年のこの日は、何て言ってるんでしょうね。


    「嫌いなもの程、後から何倍も愛おしく感じる」


    って言う事を知ったのは、彼等に会ったから。


    錆びた風は何処までも続いてく。

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